活字では面白いキャラクターというのは,現実に存在すると痛いキャラクターであることが多いです.
これは,活字の魔力ですかね…
いわゆる「萌え」と言われる種類のキャラクター達もそうです.
語尾に特定の語がつく.どう考えてもおかしな趣味を持つ.他にもたくさんありますが,どれも現実にいたらえらいことです.
もし現実にいたとして,白い眼で見る以外にどうすればいいのでしょうか?
気さくに話しかける?そんなの無理ですよ.
かかわりたくないと思うこと間違いなしです.
そんなキャラクターでも,活字となっていると,別にそうは思わず,「萌え」るわけですね.
そのあたり,空想であるということで許容されているのかなと思ったりするわけです.
活字と言ってますが,絵でもアニメでも似たようなものですね.
さて,空想であれば許容できると言うのも面白いところです.
なぜ,空想なら許されるのか.
まぁいろいろ考えられますが,空想はある種の理想です.
が,どう考えても痛いキャラクターを空想に住まわせると言うのは…
そんなのが理想なのかと小一時間問い詰めたくなりますね.
ということで,理想ではないと判断します.
まぁ,中にはそれが理想だと言い切る人もいると思いますが.
では何か,夢?
それが近いかもしれませんね.夢とか,願望とか,そういったもの.
それがあれらのキャラクターを許容する仕組みなのかもしれません.
私の場合は何がアレを許容してるのか…
適当に考えてみたけれど,これが私の中の答えなのかなぁ?